僕は北海道の佐呂間町で生まれ育ちました。そして現在もその街に事務所を構え、建築を中心に活動を続けています。1970年生まれなので、今年で37歳になり、独立して11年目を迎えました。最近レクチャーなどで、自分の作品について色々とふりかえる機会が増えてきて、気が付いたことがあります。それは、否応無しにグローバル、ユニバーサル、ローカルと関係しあいながら、作っていること。そしてもう1点、過去の経験を反復しながら、少しずつ前進しているということです。
なので「デザイン」という、僕にはあまりにも漠然としている「言葉」の会議に参加するにあたり、自分の過去の「デザイン」に対する体験の記憶を辿って、「デザイン」というものを思い出して見ることにしました。
五十嵐威暢さんの問題提起の中に、「デザインの地域格差」という言葉がありました。今もそのような格差があるのかも知れません。僕が子供の頃には、確実にもっとあったように思い出されます。それは具体的に、どのような場面で子供ながらに感じていたのか。
田舎では無造作に、自動的に、又は強制的に、頭に入ってくる情報量が少なく、「都会」に、又は「新しい」モノや「オシャレ」なモノに興味がある人間は、過剰に敏感となります。「デザイン」も含めて、「文化」に飢えた状態と言えるかも知れません。逆に「都会」で生活をしていても、無関心な人や無造作の情報を拒否している人にとっては、「都市」も「田舎」も関係ないのですが、僕は少しマセタ小学生だったので、ポパイやホットドックプレス、ブルータスなどのオシャレ雑誌を買いあさり、情報の飢えを補おうとしていました。
そんな訓練のような作業の中で、「新しい」モノや「オシャレ」なモノを、「デザイン」の良いモノと認識するようになっていきました。
そんな中、「デザイン」の良いモノを実体験する瞬間が、14歳の時にやってきました。家のテレビが古くなったので、買い替え時がやって来たのです。田舎ではお抱えの電気屋が、各家庭で決っていたので、そこの人が沢山のカタログを持って家にやってきました。その当時は、まだ木箱に入ったテレビが主流でしたが、カタログの中に「アルファチューブ」TH28-D01X(松下電器産業株式会社 1984)がありました。
http://www.g-mark.org/search/Detail?id=9762&lang=ja
僕は家族全員の大反対を押し切り、このテレビが我が家にやってくる事になりました。その時に感じた喜びは、今でも忘れられません。それは、「未来」がやって来たような感覚でした。これと同時期に、ソニーのウォークマンもやって来ました。大きなラジカセや、ステレオではなく、簡単に音楽を持ち歩く事の出来る、未来の道具です。これが僕にとっての「デザイン」を実体験した瞬間だったように思います。
音楽やファッションなども含めて、情報の飢えが継続的に続き、収集作業も続いていったように思います。そんな中で思い出される感覚があります。良い「デザイン」をどんどん吸収していくと、自分自身の肉体をも、洗練と言うか、無味無臭な電脳世界や神の世界に近づこうとする感覚が沸き起こりました。これは、札幌に住んでいた数年間で加速度的に進行していきました。
そして11年前、佐呂間町に戻った時、凄まじい違和感が全身を襲いました。それは自分の感覚や肉体が、腐っていくような、とても恐ろしい出来事でした。
この体験がどのようなモノだったのか、後になって気が付きました。「デザイン」に飢え、それを吸収する作業を進めていった時、何時の間にか、自分が「人間」という「動物」なのだということを、感覚として薄れ、忘れ去ろうとしていたように思います。
過去の「デザイン」体験を振り返りながら、「デザイン」について考えてみた結果、人は人としての普通の感覚を取り戻すべきだと思います。その為に必要なデザインにこそ未来がある。
例えば、時代や人種、文化や国に染まっていない子供は、与えられた「デザイン」に対して同じような反応を示します。
「人」が「動物」として求める「デザイン」。それに対する応答。
それは、「美」や「新しさ」ではなく、「歓喜」。
人が、必然的な感覚を取り戻すことが出来るような「デザイン」がどのようなモノなのか、パネリストの皆さんとの対話の中で、発見出来ると良いなと思います。
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