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インターネット会議
デザイン宣言タキカワ会議の事前会議です。
更新日:2007年7月4日

   

五十嵐威暢:

2007年7月7日(土)の滝川市太郎吉蔵での会議時間に限りがありますので、当日に先がけてインターネット上でメーリングリストによる会議を始めさせていただきます。

*このネット上での会議を前提として太郎吉蔵での会議が続行されますので、事前にインターネット上の会議の内容を理解していただかないと当日はよく理解出来ないかもしれません。
(ネット会議の内容は7月6日のレジストレーション時にプリントしたものをお渡ししますので、会議の前に読んでいただくことも可能です。)

会議の進行を担当します五十嵐威暢です。
私は元デザイナー、この13年間は彫刻家として活動していますので、一番ニュートラルで適任であるとのパネリストの方々からの指名で進行役をお引き受けしました。
よろしくお願いします。

それではこの会議の進め方、内容、期待したいゴールについて説明します。

先ず9名のパネリストはヴィジュアル素材を使いません。
話し、議論する。本音の、本物の議論を展開します。今、何が問題で、この先、何をしようとしているのか、微妙で揺れ動く心情を語っていただきます。

聴衆のために話しません。パネリスト自身のために話し、議論することを目指します。

極めて絶望的な結末を迎える可能性もあり、近未来の目標を掲げることが出来るかもしれません。議論次第ですが、近未来に希望が見いだせるような結末を期待しています。

9名の様々なデザイン分野のリーダーが率直に議論し、心情を、希望を吐露することで、近未来を共有することが出来れば、大きな力に発展するかもしれません。そのことを意図しています。

それでは議論に入るための問題提起をします。

最近の日本のデザインはマーケット指向が極めて強く、そのことに危機感を覚えるのは共通の認識となりつつあります。デザインの世界と可能性はもっと大きく、広いはずです。

日本のデザインは世界のトップレベルにあると言われています。
しかし、東京ではそのことが実感出来ますが、日本の大部分の地方では全くと言っていいほど、実感出来ないことも事実です。
デザインの地域格差を是正しなければなりません。

最近の日本のデザインは軸がぶれているのではないでしょうか。
何故デザインするのか、デザインで何を実現しようとしているのか、この辺りでデザイナーは自問自答する必要がありそうです。デザインは社会や生活を変革し、豊かな未来を約束するはずでした。
デザインが身近な存在となり、そのインパクトが拡散しているようにも感じられます。
その解決の前提として、デザインには志が必要であると思います。

それでは原研哉さんから発言をお願いします。

原研哉:

原研哉です。10分ほどお話しするつもりで書きます。

僕の専門はコミュニケーションです。「もの」を作るというよりも「こと」をつくるデザイン、つまり「わかる」や「気づく」、「感じる」とか「意欲する」というような営みに関係する仕事をしています。ここではそれを、3つの言葉に関連づけてお話ししてみます。
一つ目は「RE DESIGN」、二つ目は「HAPTIC」そして三つ目は「SENSEWARE」です。いずれもここ数年で手がけてきた展覧会のタイトルです。

「RE DESIGN」は2000年に竹尾ペーパーショーの中で開催した展覧会です。副題は「日常の21世紀」。この試みを一言で言うと、極めて日常的なものの中にデザインの本質を見ようというものです。経験豊かなデザイナーの方々に、マッチやトイレットペーパーといった卑近な日用品のRE DESIGNを具体的に提案していただきました。
これは新しい提案で、従来品にとってかわろうという意図ではありません。新たなデザインと、従来のデザインとの「差異」の中に、人類が「デザイン」という言葉で表現してきた切実なリアリティを、分かりやすく浮かび上がらせるということが狙いでした。
卑近なものに目を向けるというのは、9、10、11と世界が進み、次は「12」だと、社会全体がそこを注視している時に「6.8」とか「7.2」のような数字を示すようなものです。まずは「?」という感じがします。しかし、小数点というのは整数と整数の間に無限に数が存在することを示しており、小数点の発見によって「数学」は確実に違うレベルに移行します。
デザインも同じで、ひとの目を奪う造形の屹立ではなく、日常の何気ない文脈から驚くような「覚醒」を次々と生み出すようなデザインは21世紀のデザインをリードしていくはずです。RE DESIGNはそういうことに気付くことが出来たプロジェクトでした。

2004年に制作した「HAPTIC」も竹尾ペーパーショーでの展覧会ですが、この展覧会の副題は「五感の覚醒」です。人間の感覚は、大きな可能性に満ちたものですが、技術の進歩は、必ずしも、人間の感覚を豊かに拓いていく方向には向かっていません。
フリースを着て、ソファに寝そべって、大画面テレビを見ながら、ポテトチップスを食べ、漢字も暗算も、手紙の書き方もリンゴの皮の剥き方も忘れ去っていく生活というのは、安楽でしょうが必ずしも幸福とはいえない。人間の幸福は、めくるめく可能性を持っている感覚を多元的に開いて、世界をより豊かに感じ取っていくことにあるのではないでしょうか。そいう問いかけが、展覧会の基調メッセージです。僕らの感覚には、かつてのアメリカ大陸のような未発見の領域が眠っていて、これらを発見していくことで、感覚の世界地図は拡げられえると考えています。
感覚を探求していくことにもサイエンスの未来は開かれており、そこに全く新しいデザインの領域があることを実感できた仕事でした。

「SENSEWARE」というのは日本のハイテク繊維の可能性を広く世界に問い掛けていくTOKYO FIBERという展覧会のタイトルです。この4月に東京で開催され、ちょうど来週はパリに巡回します。日本のハイテク繊維は、天然繊維の代替品という位置づけを脱して高度化し、もはやインテリジェント・ファイバーとでも呼ぶべき進化を遂げています。
SENSEWAREという言葉を、ここではこんな風に定義して使っています。「人間の身近にあって、創造性を覚醒させつづける媒質」。
たとえば、「紙」はSENSEWAREです。電子メディアの登場により、紙は「印刷メディア」と呼ばれるようになりましたが、紙は単に情報を複製して運んだり記録するだけのものではありません。
その魅力の中核は、「白さ」と「張り」にあります。身近に「白」が今日のようには多くはなかった時代に紙はまぶしい「白」をたたえて誕生しました。樹皮を叩解し、繊維を水に分散させ、漉き上げて天日に干す。すると輝くように白く張りのある枚葉が生まれたわけです。
「白さ」は汚れやすさでもあり、とても繊細でたおやかな物質です。そんなフラジャイルな紙の上に、墨やインクで黒々と文字や図を描いた、そのコントラストは、人類史上ひときわ鮮烈なイメージの特異点と言ってよいでしょう。
つまり、紙という素材は書写材、印刷材を超えて、白さと張りで、人間の「創造意欲」を鼓舞し、呼び覚ます貴重な「媒質」でした。僕が言うSENSEWAREとはそういうものです。
最近、70万年ほど前の石器時代の石斧を手にする機会がありました。ずっしりと実にいい持ち心地。その瞬間に、同じことを感じました。つまり、「石」という物質の重さや、硬さ、量塊感や、手触りが人類を「その気」にさせた。石という媒質が、石器時代という文化を走らせる感覚的なドライビングフォースを生んだ。そう直感したのです。
そのように、人間の感覚を創造へと駆り立てる媒質を「SENSEWARE」と呼んでみたわけです。(電子もSENSEWAREですが、これは「媒質」を持たないSENSEWARE)
TOKYO FIBERでは、ハイテク繊維を新しい「SENSEWARE」とみたてて僕らはそれらに触発されて、どんな創造の領域を構想できるかを考えてみる展覧会でした。

「RE DESIGN」、「HAPTIC」そして「SENSEWARE」。
こうしてあらためて並べてみると、自分自身のデザインへのアクセスルートがおぼろげに見えてきます。一目をひく造形ではなく、日常を冷静に観察する視点、そして色や形だけではなく、それを感受する感覚への接近、そんな試みの先に自分のデザインのフィールドを考えはじめています。

ペンタグラムの創立メンバーであるアラン・フレッチャーは、昨年お亡くなりになりましたが、晩年に書こうとされていた本のタイトルは「感覚の平和」だったそうです。
僕はこの言葉に衝撃と感銘を受けました。デザインは世界中の人々が共感できる「感覚の平和」を求める叡智です。身近なものに蓄えられた知恵に触れ、覚醒していくこと、そして感覚を通して世界を豊かにバランスさせる道筋を探すことです。

一方、世界を動かしているマネーの仕組みからどう距離を置くかという問題も、自分の大きな問題として浮上しています。五十嵐さんがご指摘の通り、20世紀の後半から、デザインは経済と強い連携を持つようになりました。もの作りはマネーとともに動き始めてすでに久しいわけですが、近年はマネーの影響がさらに強まっていることをひしひしと感じます。貧富の差や生産コストの差異は、経済を動かす要因を生むだけではなく、さらなる富の集中を加速させ、世界が再びきしみ始めています。
グローバリズムというのは、富の行方に興味と影響力を持った国が得意とするルールを世界中に敷衍することをあおりたてる経済戦略用語です。
一方で、文化は常にローカルなもので、文化の本質はローカリティそのものです。そのローカリティを、世界の文脈の中で、いかに価値ある、輝きのあるものに磨き上げていくかということもデザインの大きな課題です。そのためには、グローバルなマネーの動きとどう距離を置くかを考えなくてはなりません。このような問題についても、こように素晴らしい機会に、皆さんと意見を交換できればと期待しています。

五十嵐威暢:

原さんが『デザインとは何か』という命題に鋭く斬り込んで来ました。
それは根本的にコミュニケーションデザインにつながっているように思います。
かって、ブラウンのデザインディレクター・ディーター・ラムスが『デザインとはコミュニケーションである』と言ったことを思い出しました。

同様に建築も施主との間で、あるいは建築の場が持つ歴史や特性との間でコミュニケーションを展開し、新しい素材に挑戦しながら、五感の覚醒に取り組んでいるのかもしれませんね。

このような共通性に関してでも、あるいは全く異なる視点からの発言でも構いません。次は五十嵐淳さんに発言をお願いしたいと思います。

原さんの意見に反論や疑問があれば、それは太郎吉蔵での議論としましょう!

ところで、この会議を掲載中のサイトですが、ロサンゼルス在住の岡野祥子さんが担当しています。岡野さんは東京とロサンゼルスの時差を利用するだけでなく、超人的なペースでアップデートに取り組んでいただいています。お知らせしたいと思いました。

五十嵐淳:

僕は北海道の佐呂間町で生まれ育ちました。そして現在もその街に事務所を構え、建築を中心に活動を続けています。1970年生まれなので、今年で37歳になり、独立して11年目を迎えました。最近レクチャーなどで、自分の作品について色々とふりかえる機会が増えてきて、気が付いたことがあります。それは、否応無しにグローバル、ユニバーサル、ローカルと関係しあいながら、作っていること。そしてもう1点、過去の経験を反復しながら、少しずつ前進しているということです。

なので「デザイン」という、僕にはあまりにも漠然としている「言葉」の会議に参加するにあたり、自分の過去の「デザイン」に対する体験の記憶を辿って、「デザイン」というものを思い出して見ることにしました。

五十嵐威暢さんの問題提起の中に、「デザインの地域格差」という言葉がありました。今もそのような格差があるのかも知れません。僕が子供の頃には、確実にもっとあったように思い出されます。それは具体的に、どのような場面で子供ながらに感じていたのか。

田舎では無造作に、自動的に、又は強制的に、頭に入ってくる情報量が少なく、「都会」に、又は「新しい」モノや「オシャレ」なモノに興味がある人間は、過剰に敏感となります。「デザイン」も含めて、「文化」に飢えた状態と言えるかも知れません。逆に「都会」で生活をしていても、無関心な人や無造作の情報を拒否している人にとっては、「都市」も「田舎」も関係ないのですが、僕は少しマセタ小学生だったので、ポパイやホットドックプレス、ブルータスなどのオシャレ雑誌を買いあさり、情報の飢えを補おうとしていました。

そんな訓練のような作業の中で、「新しい」モノや「オシャレ」なモノを、「デザイン」の良いモノと認識するようになっていきました。

そんな中、「デザイン」の良いモノを実体験する瞬間が、14歳の時にやってきました。家のテレビが古くなったので、買い替え時がやって来たのです。田舎ではお抱えの電気屋が、各家庭で決っていたので、そこの人が沢山のカタログを持って家にやってきました。その当時は、まだ木箱に入ったテレビが主流でしたが、カタログの中に「アルファチューブ」TH28-D01X(松下電器産業株式会社 1984)がありました。
http://www.g-mark.org/search/Detail?id=9762&lang=ja

僕は家族全員の大反対を押し切り、このテレビが我が家にやってくる事になりました。その時に感じた喜びは、今でも忘れられません。それは、「未来」がやって来たような感覚でした。これと同時期に、ソニーのウォークマンもやって来ました。大きなラジカセや、ステレオではなく、簡単に音楽を持ち歩く事の出来る、未来の道具です。これが僕にとっての「デザイン」を実体験した瞬間だったように思います。

音楽やファッションなども含めて、情報の飢えが継続的に続き、収集作業も続いていったように思います。そんな中で思い出される感覚があります。良い「デザイン」をどんどん吸収していくと、自分自身の肉体をも、洗練と言うか、無味無臭な電脳世界や神の世界に近づこうとする感覚が沸き起こりました。これは、札幌に住んでいた数年間で加速度的に進行していきました。

そして11年前、佐呂間町に戻った時、凄まじい違和感が全身を襲いました。それは自分の感覚や肉体が、腐っていくような、とても恐ろしい出来事でした。

この体験がどのようなモノだったのか、後になって気が付きました。「デザイン」に飢え、それを吸収する作業を進めていった時、何時の間にか、自分が「人間」という「動物」なのだということを、感覚として薄れ、忘れ去ろうとしていたように思います。

過去の「デザイン」体験を振り返りながら、「デザイン」について考えてみた結果、人は人としての普通の感覚を取り戻すべきだと思います。その為に必要なデザインにこそ未来がある。

例えば、時代や人種、文化や国に染まっていない子供は、与えられた「デザイン」に対して同じような反応を示します。

「人」が「動物」として求める「デザイン」。それに対する応答。

それは、「美」や「新しさ」ではなく、「歓喜」。

人が、必然的な感覚を取り戻すことが出来るような「デザイン」がどのようなモノなのか、パネリストの皆さんとの対話の中で、発見出来ると良いなと思います。

五十嵐威暢:

デザインとの遭遇の様子、人間の本質と向き合う大切さ、情報の中で培われた世界と現実世界とのギャップ、それをいかに乗り越えて、今日の五十嵐淳さんがあるのかは本会議で聞く楽しみとなりました。

ところで、五十嵐淳さんの発言の中で「普通の感覚を取り戻すべきだ」とありますが、それで思い出すのは、原研哉さんの発言でも登場したペンタグラムのアラン・フレッチャーのことです。彼は「普通の感覚(良識)の天才」でした。生き方も考え方も仕事にも、そのことを感じます。
http://www.pentagram.com/

次の発言を、佐藤卓さんと平野敬子さんにお願いします。発言を受け取った順に掲載したいと思います。

佐藤卓:

最近、つくづく思うことがあります。
デザインは他力である。ということです。
自分一人の力などは、たかが知れている。
周囲をよく観察すると、すでにすばらしい力がいっぱい潜んでいて、
それをうまく利用して繋いであげるだけで充分ということです。
若い時のように、自分の力で何とかしてやろうという気持ちが
なくなった分、今の方が楽になった気がします。
新しいことをやってやろうとか、目立つことをやってやろうという
気持ちが今はさらさらないということです。

社会に対しての問題意識がなくなったわけではありません。
そうではなくて、歳とともに自分の力の無さが分かってきて、
何かに向かう時に、無理する必要はなく、
できるだけ空の状態でいればいいんだという
ことがなんとなく分かってきたということです。

以前、銀座のgggギャラリーで展覧会を開催した時に
サブタイトルを「可塑性」としたことがありました。
つまり、粘度のように押されたら押された通りに凹む。
弾力はなく、外圧の通りに変形し元には戻らないということです。
それは相手に合わせて、自分の形をその都度変えるということ。
これは一般にクリエイターとしては真逆の姿勢かもしれません。
普通はしなやかな弾力性を持ち、常に自分に戻れるようにすることが
クリエイターとしてのあり方だったと思います。
しかし、いつまでたっても自信が持てない自分に常に戻る必要などはなく
どこへでも行ってみようという姿勢に変わってきたということです。
相手の言うことに媚びへつらって何でも言うことを聞くということではありません。
守るものなど何もなく、なるべき姿になりたいということです。

そのような姿勢で、なんでもやってきました。
これからも、時間の許す限り何でもやりたいと思います。
私は経済と文化を分けて考えるつもりはもともとありません。
多かれ少なかれデザインには必ず経済が絡むと思うからです。
しかし経済を最優先する貧しい考えには真っ向から立ち向かいます。
豊かになるということが経済という側面からしか考えられない人に出会うと、
怒りさえも覚えます。

それから常に頭にあることは
日本人であるまえに東京人であるという意識です。
東京というところを大切にしたいという気持ちが強くあります。
そのモチベーションでデザインの仕事をしていると言っても過言ではありません。
強くもなく弱くもなく、ほどほどを大切にするという加減です。
日本と一言で言っても、地域によってぜんぜん違う。
その地域らしさを大切にするとすれば、東京だって地域らしさがあるのです。
しかし現在、東京と言われている東京は、もはや東京ではありません。
本来の東京らしさを東京に取り戻したいという気持ちが
大きく自分のデザインに影響していると思います。
これはどの地域によっても同じことで、たまたま私は東京生まれ
東京育ちだということなのです。

この東京で経験したことからは逃げられない。
人は環境が産み落とすものだと思っています。
どうしようもなく汚れていく東京を見続けていて
なんとかしたいという気持ちが小さなころよりさらに強くなりました。
この地元で起きていることを、よく観察するだけで
やることはやまほどあります。
地球温暖化と言われ、世界に目を向けることも大切ですが
一番大切なことは、目の前のことをどうするか?ということです。
大きな環境問題も抽象的な全体からは何も解決しません。
ひとつひとつ具体的に取り組むしかないのです。
今後も時間の許す限り、小さな目の前のことを
丁寧に関わっていきたく思います。

滝川ではよろしくお願いいたします。
楽しみにしています。

五十嵐威暢:

佐藤さんの発言から言えることは、自己のアイデンティティをしっかりと持つことの重要性ではないでしょうか。アイデンティティが明快であるからこそ、あらゆる困難な状況も、可能性のある世界にすることが出来るのだと思いました。どのようなきっかけがあって、今日のデザイナー・佐藤卓さんがあるのかもう少し詳しく知りたいですね。

平野敬子さんの発言もまもなくと思いますが、ここで、南雲勝志さんに発言をお願いしたいと思います。
南雲さんとは今回のパネリストをお願いするためにいきなり電話しました。お会いしたことはありませんでしたが、書籍を通じて考え方や仕事に触れて、お誘いしたいと思ったからです。

「地方は想像以上に疲弊している。このような会議のやり方はこれからの方法かもしれませんね」と、スポンサーなし、パネリストを含む参加者全員の頭割りの負担による会議開催を、正面から支持していただきました。

南雲勝志:

南雲です。初めての方がほとんどなので少し自己紹介を兼ねて書きます。
ボクは新潟県の南魚沼と言うところで生まれました。周囲には2千メートルを越す山々、その間の盆地に見渡す限りの田んぼがひろがり、日本でも有数の豪雪地帯でも知られています。魚沼産のコシヒカリとか清酒八海山などご存じの方もいると思います。
そこで父は酒と米を作っていました。そんな雪国の農村地帯で育ち、別に不満を感じていたわけではなかったのですが、始めて群馬を抜け東京に行った時、冬なのに雪がない景色を見て驚きました。そのショックは結構大きく、もっとたくさんの事を知りたい、見たいという単純な願望から東京でデザインを学ぶ事になり、結局今も東京でデザイン活動をしています。

独立した1990年頃は家具のデザインを中心にやっていました。結構真剣に日本の家具のデザインに取り組んだつもりでしたが、この時にコマーシャルの壁に突き当たりました。自分がデザインを通して伝えたいメッセージとユーザーの理解のギャップにかなり苦しみました。はっきり言って自分には商品デザインは出来ないと思うようになりました。
その後、景観デザインの割合が増え、地方のまちづくり関連の仕事で日本中あちこち飛び回ることになるわけですが、東西南北によってまちづくりにかける情熱や気質、また県民性といったものもずいぶんと違いがあることを体験してきました。

そして今、地方の魅力に結構取り憑かれています。きっかけは宮崎県日向市の仕事でした。「木を使ったまちづくり」という一見平凡なテーマですが、県も市も市民もみんな必死で全力投球でした。こちらもそれに引っ張られながら7〜8年付き合うことになりました。そこで地域をつくるということは、人と人が繋がることが重要で、そこから新たな人が生まれ、育ち、まちが出来ていく。ごく基本的な事なのですが、そのドラマのような出来事を目の当たりにしました。その流れの中でデザインは彼らの思いや未来の希望に繋げるための重要な要素になりうることを確信しました。自分の中のデザインに対する認識はこの日向で明らかに変わりました。

「木を使ったまちづくり」の主な素材は杉でした。杉はおもしろく、日本固有の樹種で全国どこにでもあり、(北海道は道南だけですが)みんな知っている。ずっと日本人にとってとても身近で生活や文化を共につくってきた素材だと思っています。食材でいえば米に近い存在だと思います。そんな杉が戦後数十年の間に政治や経済の狭間で急にその存在が薄れてきたわけです。

地域に元気がなくなってきた時期と、杉の衰退はかなり重なっているように思います。日本人と共に生きてきた杉が、「ああ、花粉症の原因の迷惑な木ね」で終わってしまう。なんかオカシイ、少し違うぞ、そう思い始め、日本の杉産地をアチコチまわりました。そして木材関係者、まちづくり関係者、住民達と話をしていくと、杉のおかれた問題、地域の抱えている問題。結構みんな同じようなことを考えている。そこにデザインの本質が潜んでいるような気がしました。ひとつ見えてきたこと、それはそこで生活している人をきちんと見ているかどうか? 勇気や感動や楽しさを与えているかどうか? といったことがデザインのひとつの基準になってきたことです。それは必要なデザイン、必然性のあるデザインといってもいいと思います。

これはおもしろいぞ、少しやってみよう! でも、日本中まわるには一人では出来ない。それで日本全国スギダラケ倶楽部(略してスギダラ)という組織をつくりました。3年間で会員600名を超えました。この活動はビジネスではなく、今のところ手弁当で活動しています。たとえば秋田県の二ツ井というところで滅びそうな里山の再生を地域の方とやっています。 そのためにコンペをやったり都会から若者を呼んで山をメンテナンスしたり、小さな祭りを復活させようとしています。宮崎でも杉の全国コンペや木材ワーキングや地域のイベントを地元の木材組合と5〜6年やって来ました。いずれも自分たちの出来るところからスタートしています。仲間が仲間を呼びます。
結局、この活動は単に杉を守ろうということではなく、我々の先人達が築いてきた文化や地域のアイディンティティーというものをもう少しきちんと理解して行こう! ということなのです。その先に未来がある。

また最近、無人駅を考えるというテーマをJR東日本と一緒にやっています。モータリゼーションの波に押され、地方の駅が地域の中心でなくなって久しいです。しかし、その周辺の景観や我々が駅に対して持っている記憶を無人駅は思い起こさせてくれます。単にノスタルジーではなく、我々が本来持っていた財産、価値といったものが便利さと引き替えに、失われていく危機感を覚えます。
杉にしても、無人駅にしても何か我々が忘れてしまいそうな大切なものを気づかせてくれます。どこかちょっと歪んでしまった社会を少しずつ修正していく作業のような気がしています。そういったところで役に立つデザインを今やっていきたいと思っています。

最終的には自分が生まれ育った南魚沼で地域とデザインをじっくり考えたいと思っていました。そこに五十嵐さんから今回の滝川のお話を伺い、すでにいろいろと実践されている。そこでぜひ参加してみたくなったわけです。どうぞよろしくお願いします。

五十嵐威暢:

南雲さんは地域とデザインの関わりを実践していて、そのこと自体がこれからのデザインを示唆していると思います。マーケットのためにデザインするのでなく、世の中、地域の人々の生活のためにデザインする。デザインが社会を本質的なところから変えていく。そのことが実感出来ました。
本会議ではさらに詳しく苦労話しもお聞きしたいですね。

それでは須永剛志さんに発言をお願いしたいと思います。

五十嵐威暢:

平野敬子さんの発言が届きましたので、須永剛志さんの前に掲載いたします。

平野敬子:

現在の社会情勢を見るにつけ、未来に対し、悲観的な思いにかられているのは私だけではないと思います。尊い命を奪うことさえも罪悪感にかられない異常な行為が日常的に多発する時代が到来することを、誰が予測したでしょうか。他人の痛みを自分の痛みと感じられる感受性を失わずに、誠実に生きていきたいと思いますが、正視できないほどの厳しい現実を前にすると、自らの非力さに対し、胸が張り裂けるような罪悪感に襲われることが多々あります。そして、デザインでどのような役に立てるのか、デザインという専門性によって、どのように社会に貢献ができるのだろうかと、自らの仕事に向かう態度、そして動機を、自問自答する日々であります。
ですので、この度の五十嵐威暢さんのデザイン会議開催のご提案、そして宣言文でのべられている問題提議を、目が覚める思いで拝読いたしました。常に先駆的な視点を持ち、先進的手法で、格調高く、美しい仕事を生み出されながら、デザインの世界の意識を高めてこられた五十嵐威暢さんからの現状認識を含む問題提議、そして「デザインには志が必要である。」との力強いお言葉とともに、デザイン会議のパネリストの一人としてご指名いただきましたことを、厳粛に受け止め、与えられた責務を果たしたいと思っております。

このたびの会議は、とてもユニークだと思います。地方都市で行われること、スポンサーシップに頼らず、利害関係を持ち込まないこと、人々が身体ひとつで場に集うこと、その有り様は、最も大切なことである、「何が語られるのか」を鮮明に浮き上がらせることになりますし、これこそ先駆的な視点から導かれた、洗練されたスタイルであると思いました。そして、拝金主義に侵された近年の世相に対し、対峙する潔い態度であると思います。

世界の秩序はバランスによって保たれており、バランスがとれた世界は美しく、バランスが崩れた世界は美しくありません。デザインが、経済効果を高めるためのビジネス・ツールとして過度に取り上げられている近年の状況は、デザインの本来的な使命から逸脱した、バランスを欠いた状態と言えるのではないでしょうか。それを助長するように、情報の量が優劣の尺度となる思考停止した状況が、質の問題を低下させているように思えてなりません。質の低下は、美意識や感受性を劣化させ、表層的な現象を肯定し、優先させることとなります。

物事は複合的な要素によって構築されており、本質とそれに付随する様々な現象が混然一体となり成り立っています。私が理想とするデザインとは、物事の本質を見抜き、そのものの成り立ちの摂理、さらにはメカニズム(法則)を読みとくことからはじまり、最終的には適正なメディア(媒体)への最適な定着によって具体化し、より良いコミュニケーションを生むことです。より良いコミュニケーションとは、「美しさ」を司ることによって「調和」を生み出すことであると考えます。工藤青石とともに設立した私共の社名「コミュニケーションデザイン研究所」に、このようなデザインの理想を目指す意志を込めました。

五十嵐威暢:

平野敬子さんからデザインに対するピュアな態度が表明されました。デザインをする以前に、社会や人間や地球や人生に対する深い洞察と目標がなければ、デザインは単なるサービス業になってしまいます。デザインの精神性についても議論が深まることを期待したいと思います。
それでは次の発言を東海林弘靖さんにお願いします。

東海林弘靖:

私の仕事は、照明デザインです。主に建築やランドスケープを対象にした光環境をデザインしています。最近では、少し図に乗って「光の料理人」などと称することもあります。つまり美味しい光の料理を作っていると洒落たいのです。光のデザインを光の料理と呼び変えることで様々な事柄がすっきりと説明することができます。たとえば、「とにかく照明は明るくしてね」という依頼は「お腹を一杯にしたい」に違いないと解釈できますし、「何か少しでもいいから忘れられない料理を作ってください」は、「人生の時間が止まるような感動てきな光を見せて!」と翻訳できるのです。こうして私は、割と楽観的にデザインを楽しもうと考えているのでしょう。ちなみにこの太郎吉蔵の照明も担当いたしました。

さて、第一のテーマ「都市と地方のデザイン格差」ですが、私の仕事は建築やランドスケープの事業に付随するものなので、より多くの資本の投資が行われる都市部に仕事が集中する傾向にあります。現在抱えている仕事を見ても、その90%は東京および首都圏にあります。そして、最近は仕事の依頼が東京、北京、シンガポール、ムンバイ、ドバイへと広がりつつあります。日本の地方都市の仕事はほとんど依頼がなく、海外の大都市しかも経済が動いている都市に照明デザインの仕事が発生する傾向が顕著になっています。私たちは基本的にお呼びがかからなければ出かけていかないという受け身の仕事をしているようで、これまでは自分の仕事のフィールドが広がっていくことを喜びこそすれ、このながれが資本の論理にもとづくものだと不快に思ったことは正直ありませんでした。自分に与えられた仕事のチャンスを成功させ、より大きな仕事に結び付けたいという考えは、まだまだ若い(?)いや青いのでしょうね。

ところで、私にはこのような仕事の流れ以外に、ライフワークとしてやらねばならないことを一つ持っています。それは、「日本の住宅のあかりを何とかする」ことです。日本の住宅の光はただ明るいばかりで、美味しくない冷凍食品みたいだからです。人生の時間をもっと美味しい光で楽しみましょう!というテーマは、私の尊敬する照明デザイナーポール・マランツ氏から与えられた命題でもあるのです。週末には、リビングルームやお茶の間の蛍光灯を消して、10本のキャンドルを灯してみたらきっと少しは優しい気持ちになれるんですよ。そんなことを考えて今年は『デリシャス・ライティング』という本を書いています。そう、住宅の明かりを考えると、都市とか地方という地域格差なんて一気に吹っ飛んでしまいます。だって、人生の時間をおいしい光の料理で楽しみたい人はどこにだっているのですから・・・。

五十嵐威暢:

東海林さんの話からは仕事を楽しんでいる様子が伝わって来ます。次々と依頼される仕事にチャレンジしていく喜びはデザイナーにとってほとんど生き甲斐となります。
しかし、一方で東海林さんにはライフワークもありました。それは仕事以前のデザイナーとしての命題で、「志」と言っていいものです。単なる仕事と志による仕事は違うのではないでしょうか。

それでは次に梅原真さんに発言をお願いします。

梅原真:

生まれたトコが好きなトコ。梅原です。
ローカルに住んでいます。ここで出来るオリジナルは何だろう?
土佐には土佐の風が吹いている。そのフーィルドが最もすぐれたオリジナルではないか。
デスクでデザインするのではなく、フィールドでデザインしょう。
そんな事を考えてるうち、最初に出会ったのが、かつお一本釣り漁師でした。
廃業寸前の漁業の実体を知り、試行錯誤の上作ったのが、漁師が釣って、漁師が焼いた「一本釣り 藁焼きたたき」。
「漁師(かつお)×農家(わら)」がコラボするデザイン(考え方)で、新しい価値が生まれました。
新しい価値は、20億円という小さな産業を田舎町にもたらしました。
そして、消滅しようとしていた「一本釣りかつお漁業」という風景は残ったのです。

「デザインには豊かな風景を呼びもどす力がある」そう思いこんだ私の中で
「風景を残すためのデザイン」という概念が芽生えました。

一次産業は日本の風景を作っています。日本の風景が崩れはじめたのは一次産業が崩れはじめたから。
一次産業が健全であれば、風景は健全です。という事で、日本のはしっこばかりを歩く事になりました。
人口500人、日本ただ一つ飛び地の村の「じゃばらみかん」、離島の「さざえカレー」、
荒れた農村の柿をボランティア(シブガキ隊)が収穫して作る「柿酢」、天然採苗「畔蛸の岩がき」という具合です。
なかでも、近くのみかん農家のおじさんが、「みかん」の箱のデザインを何度も頼んでくる。
何だか笑っちゃいますが、そんな普通がとてもわたしの生き甲斐です。
一次産業が元気でないと直感的にキショク悪い!ITばかりでどうしますか?
整理しますと、一次産業に少しのデザインを加え、新しい価値を生み出し、その風景を残したいデザイナー。でしょうか。
「少しのデザイン」ここのサジ加減、小さじ二杯が微妙にむつかしいんです。

考えてみれば、ローカルでは、みんなの顔は「お国」=「あっち」の方を向いていた。
お国の言う事を聞いていれば、うまくいくと思っていた。
「うちの町にもぜひ一つ、文化ホールを」で、そのホールはできる。
そして、その町のスケールに合わない巨大な建造物が出来上がる。
「おねだり」したものの、その文化ホールの使い方を田舎者は知らない。ハコモノである。
そんな事をもう何十年もやってきた。
4kmの砂浜そのものが美術館だったらどうなるの?クジラが作品、ウミガメが作品、ラッキョウ畑が作品
漂流物が作品。Tシャツ1000枚がひらひらしてる。照明は太陽、月。BGMは波の音。
大方町「砂浜美術館」は来年20周年を迎える。
これもまた、風景を残すためのデザイン。

一本釣り漁業は再生産可能な「逃がす漁法」。砂浜美術館はエネルギーを使わない「エミッション美術館」。
オリジナルな目線を持ち、その本質をデザインして行くことで、ローカルに未来はあると思いたい!!!!!!!!!!!

だが、地方の限界も大いに感じる。
「志」を持たなかった地方行政、「志」を持たなかった地方のシャチョさん(企業家)。
「こころざし」なければ本質は見えない。
地方の過去はヒストリー 。地方の未来はミステリー。 地方の私はヒステリー。

五十嵐威暢:

梅原真さんの取り組みは示唆に富んでいます。四万十の風や匂いまで伝わって来るようなお話は、デザインの可能性を示して、力強く、元気をくれました。
梅原さんの人柄も、その仕事も、見て、聞いて、接したら、ますます皆さんも虜になること間違いなし。楽しみにしてください。

須永剛司:

須永剛司です。私は教育と研究と実践をひとまとまりのものとして情報デザインという領域をつくっています。今、ひとつのテーマとして始めている、地域とともにその社会の対話をかたちづくる試みについてお話しします。

北海道十勝にうまれた「とかち田園空間博物館」のデザインの話しです。この博物館は、文化財を現場から「はがして」建物の中に蒐集するやりかたでなく、地域全体を生きられているまま博物館にしようというコンセプトで生まれました。1970年代にフランスで提唱された「エコミューゼ」というコンセプトをもとに、日本の農村地域活性化のために農水省がすすめた事業です。(http://www.maff.go.jp/nouson/nouson/denenkuukan/index.htm ご参照)

その事業で、私たちは、十勝地域全体を情報ネットワークとしてカバーする仕組みによって、そこに生活する人々の表現と対話の場を作ることを試みました。十勝の農家が、農産物を食べる生活者が、そして十勝を訪れる人々が、それぞれの豊かな体験を写真や文章で表現した物語りを、集積し編集し交換することができる道具です。「とかち田園空間博物館」http://www.tokachi-a-muse.jp/をご覧下さい。

博物館のためのその道具づくりの体験を紹介することで、私自身と情報デザインの専門性を紹介させていただこうと思います。その道具づくりは3つの時期で構成されてます。第1期が十勝の農と情報デザインの出会いです。農業知識の集積というテーマで出会いました。第2期が地域の博物館システムづくり。そして第3期が、現在すすめている博物館システムの利活用のデザインです。

第1期の十勝の農とデザインの出会いは、デザインをしている私たちが「農をする人々の十全」に圧倒されたことから始まりました。農作物づくりを計画し生産し商売を営むこと。そのために必要となる全てのこと、農に関することはもちろん、トラクターの修理から中国のニンニクの生産状況までを知っていること、いや、知っているだけでなく「できること」を彼らは実践しています。そのことに圧倒され、次世代のデザインの構築は、彼らと連携することで可能になるにちがいないと気づいたのです。そこから農家と連携したプロジェクト「農と食のプラットフォームづくり」を展開しました。

第2期の地域の博物館システムづくりは、そのプラットフォーム構想を基盤に始まりました。農家だけでなく、さまざまな仕事をしている地域の人々と共同する博物館づくりの活動を体験しました。その共同から、どうしても築いてみたかったことは、地域の人々が自分たちの対話の新たな道具が必要なんだ、いや「あったらいいな」という思いです。しかし、それはとても難しいことでした。人々が心を通わせ思いを築く速度は、システムを開発するペースの何倍も時間のかかる営みだったからです。

事業の締め切りに向けてシステムづくりがすすみ、この博物館がオープンしたのは昨年、2006年の6月。第3期の今、十勝地域のある中学校と私の研究室が連携し、博物館システムを学びの道具として利用する試みを展開しています。博物館システムが、生徒たちの調べること、その記録を集めて俯瞰すること、そして作品にまとめるための道具として利用されます。また、その学習の過程と結果を、保護者や海外の提携校に紹介するという学びの拡張を可能にしてます。昨年度に築くことのできた、中学の生徒、教員、大学のスタッフ、そして博物館システムの役割分担をもとに、2年目の今年度は学習成果の地域社会への還元を目標にプログラムづくりを始めているところです。

この博物館づくりをとおして、私は、20世紀デザインが産業資本と連携し発展したように、21世紀デザインが地域とともに社会の対話をかたちづくることに携わることでもうひとつの広がりをつくるだろうと考えています。

五十嵐威暢:

須永剛志さんはインターフェイスから始まって情報デザインまで、永年にわたり、研究・教育・実践をして時代の先端を走って来ました。
その意味では時代がどのように動いているのか、敏感に感じ取っていられると思います。地域とデザインの連携にこれからのデザインの可能性を認識している須永さんに、さらに詳しい現場のことをぜひ本会議で聞いてみたいと思います。

それでは柏木博さんのご発言をお待ちしています。

柏木博:

こんにちは。柏木博です。デザイン評論をしています。専攻は近代デザイン史です。よろしくお願いします。

五十嵐威暢さんからの問いかけ(問題提起)は3つありました。また、この問いかけが今回の議論の中心におかれた課題ですので、それをめぐって議論しなければなりませんね。ということでいわばルールの確認です。この問いかけは、すばらしい問題設定です。すばらしい問いかけは、批評の世界ではそれ自体、すばらしい作品でもあります。

1 日本のデザインは過剰なマーケット指向になっており、そこに危機感を持っている。

2 「デザインの地域格差」が顕著になっているのではないか。

3 「デザインの目的性」が意識されず、希薄になっているのではないか。

言い方はちがいますが、以上の3つの問いかけであったと思います。この問いかけにどのように応えるべきか、現状を捉えてなかなか本質的な問いかけなので、考えさせられました。そして、まずは、この3つの問いかけは、相互に重層的に関連し、今日のわたしたちの社会にひろがっている問題そのものへとむかっていることに気づきました。問題が本質的なので、コメントは少々長くなります。ゴメンなさい。

●第1の問いからはじめましょう。
過剰な市場中心主義の問題です。

「マーケット」(市場)というのは、大昔から存在しますが、20世紀に広がった市場は、「大量消費」をめざす歴史的に例のない市場です。そこでは、「使用価値」ではなく「交換価値」のみが肥大化します。したがって、実際の生活の中で使えるものなのか、生活をより快適にするものなのかというテーマは、アリバイとしては使いますが、重要なことは、いかに交換(市場活動)を活性化させるかということそのものが、目的化されていきます。「マーケティング」というのは、市場を人工的に組織するための実践的活動です。この活動もまた20世紀を特徴づけるものです。ついでながら、それは「大衆」をテーマにしていることにおいては、社会学や経済学そのほか20世紀の学問と共通しています。
デザインは、ある時から、交換価値を生む技術として捉えられ、マーケティングと分かちがたい実践をしはじめました。
本来、マーケティングとデザインは別ものなのです。
こうした消費社会を生んだ市場、あるはそれとかかわるマーケティングで分析可能な社会は、世界規模でみるなら現代でも、わずか10%にすぎません。全地球の90%は、消費社会ではないのです。そうした90%の人々のことを考えると、デザインがマーケティングとはかかわらないものであることがわかります。
たとえば、MITのメディアラボの所長として知られたネグロポンティのコンセプトによって、リナックスなどフリー・ソフトを利用することで、「100ドル・ラップトップ」と呼ばれる廉価パソコンを供給するプロジェクトが展開されています。これを第三世界の各国の政府に直接買い取らせ、学校で無料配布するというものです。ラップトップは、いまや教育に重要なメディアです。
 貧しい環境に暮らす人々のための新たな銀行システムを考案したバングラディシュのムハマド・ユヌス氏が昨年ノーベル賞を受賞したことは知られるとおりです。デザインもまた、新しい仕組みの可能性がいくらでもあり得ることを示しています。これは、日本においても市場とはかかわりなくデザインを実践する方法論を生み出すヒントになります。

●第2の問いへのコメントです。
「デザインの地域格差」の問題です。

「格差」が問題として認識されるようになったのも、また「近代」においてでした。代表的なものは、マルクスの視点です。しかし、マルクスはあらゆる格差の問題を「階級格差」に収斂できると考えてしまったところに、解決しえない事柄がでてきてしまいました。「性差」「地域差」「年齢差」そしてもちろん「経済格差」などなど。これをすべて「階級」問題に集約して分析・議論することが無理であることが鮮明に語られるようになったのは、ポストモダン思想が出現した80年代のことです。したがって、30年弱の歴史しかありません。
現実的な問題として、「都市格差」は、文化・経済・教育などさまざまな領域で出てきています。それは、マルクスの思想の見直しが行われた30年ほどまえからのポストモダンの潮流とどうやらリンクしているように思えます。その流れは、新自由主義的傾向とあろうことかリンクしたようにも思えます。
極端に言えば、自由競争をすれば自然淘汰によって経済も社会も治まるところにおさまるというものです。これは、日本では小泉政権でのもとでの「傾斜配分」の考え方にもつながっています。「平等配分」は悪しき平等を生むという単純な思考を背景にしているのでしょう。社会的に負けた者は、「自己責任」と言うわけです。しかし、この考え方は、時として、社会全体にわたる崩壊・恐慌を生みます。
 19世紀に、はじめて、絶望的な貧困に生活する人々が発見されます。それをなんとか救済すべく、経済学やエンジニアリングが鍛えなおされます。そして近代デザインもまた、それを背景にして生まれたことを思い起こすべきでしょう。もちろんバウハウスもそうしした思考を持っています。今日の多くのデザイナーのバウハウス理解は、そうではないようですが。「格差」は近代においては、やがて社会全体での破綻を生みます。したがって、デザインの格差もやがて「勝ち組」(イヤな言葉です)だけの問題ではすまなくなります。
 デザイナーもまた、デザイン史とその背景の社会科学を再確認することからはじめることも必要かもしれません。

●さて、最後の第3の問いへのコメントです。「デザインの目的は何であったのか」という問いです。

五十嵐威暢さんが指摘しているとおりなのです。近代デザインは、「社会や生活を変革し豊かな未来を」生むことを目的にあらわれたのです。これはデザイン史的にも、まったく正しい視点です。
エンジニアリングもまったく同じ視点をもって18世紀から19世紀の産業革命の中で成長しました。
前近代デザインでは、デザインは生活の中から自然に生まれると考えられましたが、近代デザインでは、デザインを提案することで、生活スタイルや社会環境をより良くすることができると考えました。その考え方は近代的なもので、あらゆる社会において正当だとはいえませんが、わたしたちの考える近代社会においては、正当でしょう。
極限状況の震災後の生活、あるいはホームレス、あるいは第三世界の貧困を考えてみましょう。誰もが、少しでも心地よく生活するためのデザインをしています。段ボールのお家よりも防水シートのお家の方が、少しは心地が良いのでしょう。
少しでも、「人々の生活をより良くすること」。これはモダンデザインの基本的命題と考えています。
他方では、生活者は、こうした高度な消費社会にあっても、どのようなことが心地良い生活なのかを自問すべきでしょう。そのことはデザイン・リテラシーの問題になるように思えます。

●ぼくのコメントが、願わくは、みなさんに開かれたものであり、次の議論の契機になってくれたらと思うばかりです。

五十嵐威暢:

柏木さんにとてもよいかたちで発言の整理をしていただきました。これでデザイン史と評論の視点からの幅広い議論のきっかけが出来たように思います。
これでパネリスト全員の自己紹介を兼ねた発言が一巡です。
これからが本番の議論ですね。
太郎吉蔵での本会議で続きをやりましょう!
楽しみにしています。